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執筆者の写真odorusakana

見えていない力を可視化する


「見えない力を信じるか?」

という問いに、以前なら答えるのをためらっていたと思う。

その問いには「あなたは神を信じますか?」という妙に宗教的な匂いか、 「あなたは目に見えない力を感じないのですか?」(私たちは感じていますけど) というある種の傲慢さが含まれている気がして僕は答えに詰まっていた。

だけど最近、「そもそも全部見えるのか?」という疑問が湧いてきた。

見えなくても、力はそこにあるし働いている。 見えていなくてもたいていは触ればわかる。

そして、よく見ると力が働いてる時と働いていない時は見た目にも違う。

しかし、目の前にある、あるいは自分の身体の中に働いてる力(物理的に存在している力) を知覚できているかというとそうではないことが多い。 知覚できないものは存在しないことになるので扱えない。

普段から当たり前にあるものは、無くなったりバランスが変わって不具合が

生まれない限り自覚しにくい。

いつもと違う意識の仕方で身体を扱ってみると、

身体がいつもと違う動き方をするのがよくわかる。 普段の生活の中で、

自分に染み付いた身体の動かし方の他に動かし方があることはなかなか気がつかない。

その意味では、

ヨガもバレエも合気道もやってみると身体の扱い方が違って面白い。 だからと言って全てをマスターしようとは思わないし、

世の中に出回っている色んなボディメソッドにも興味はあるけど高くて、

お金のない僕には手を出せないから本を読んだり割りばしと輪ゴムで工作しながら

身体を研究しているのだと思う。

そんな調子でやってきて自分の身体は変わり始めたけど、

それが他の人にも通じるのかが最初は自分でも半信半疑だったことが、

少しずつ共有する言葉や方法が見つかってきて、

今のところおばあちゃんから中学生まで多かれ少なかれ実感して面白がってくれている。

それがなんだか楽しくて美しくてありがたいなぁとふとした瞬間に思うのでした。

僕の発見していることは真新しいことではないと思っている。

ほとんど同じことをこれまでもどこかで誰かがやってきたことだと思う。

僕はそれを、

普通に生活している人と

普段通りの身体を出発点に

普段使いの言葉で

共有したいなと思っている。 意識するところ少し変えてみるだけ。

ただそれだけ。 それだけで今まで意識に上らなかった違いが認識できたりするようになる。 身体を持っている人なら誰でも。 (身体の機能に障害を持っている方でも、人である以上は基本の構造は同じだ。) そういうことってときに胡散臭く聞こえたり、 今までやってきたことが否定されかねないと考えたりするのも無理はない中で、 (僕自身が割と無意識にそんな感じの態度を取ることが多い人なだけに) ほんとにオープンな思考と身体でラボに参加してくださる人たちがいることが、 とても嬉しいのです。


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