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ぼた雪

  • なんでもないこと
  • 2018年1月8日
  • 読了時間: 2分

美しい木版画を見た。

版木の木目が少女の顔に手に指先に美しく刻まれていた。

それは、その作家の代表作ではなかったかもしれない。

しかし、そのモノクロの版は今日見た彼のどの版よりも印象深かった。

こういう踊りがしたいと思った。

同じ作家の別の作品が目に止まった。

何かがその一枚に凝縮されていた。

その重ねられた色に、その彫られた線に、

並々ならぬ力を感じた。

あとで年表を見ると、

その作品を制作した年に彼は版画協会を脱退していた。

「自分の作品はこうだ」

そう宣言する作品の一枚だったんだろう。

こういう作品を作ろうと思った。

昨日、働いているゲストハウスで一人の歌い手が歌を歌った。

歌い始める直前に買い出しから帰ってきた。

自転車を停めている時に、

彼がギターを手にして椅子に座り直しているのが見えた。

これから何が起ころうとしているのかすぐにわかった。

そのまま部屋に滑り込み、正座して彼の歌を聴き始めた。

体が踊りたがっているのがわかった。

でも立ち上がれなかった。

入るべきタイミングが来るのがわかっていた。

(彼は多分そんなことは意識していない。)

でも目の前でそのタイミングを逸した。

僕は準備ができていなかった。

そんなばかな。

仕事終わりに踊りに出た。

いつものお寺へ。

調子が狂いそうになると深呼吸しに行くお寺へ。

夜に訪れるのは初めてだった。

間も無く半分になろうとしている月がきれいだった。

つい先日まで満月だったのに。

ばかやろう。

なにをしているんだ。

そんな気分になるのはそういえば久しぶりだった。

実を言うとそのとき既に気分は落ち着いていて、

ただ自分の吐息が、

杉並木からこぼれる街灯と月明かりに照らされて、

白く輝くのを眺めていた。

怒りが消えた自分に腹が立って、

一度だけ、ばかやろうと呟いた。

どうでもよくなった。

燃え尽きて風邪を拗らせて対話が途絶えている身体と、

そろそろ向き合い始める頃かもしれない。


 
 
 

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